社民党のポスター(http://www.asahi.com/articles/ASG7J5KFBG7JUTFK00V.html)なんかの話ね。
子どもを守る立場から発言することは、ひどいことではないよね。それじゃあ、「子どもをだしに使うなんてひどい」って批判はなんなのかと言うと、要するに、
子どもを守る我 = 圧倒的正義
っていう心性が透けて見えることが気に食わないってことで、それは、やっぱり多くの場合、妥当な批判じゃないのかな?
それに、きちんと詰めなければならないことは別にあったりもする。社民党のポスターの例だと、防衛体制の不備によってパパが帰って来なかったってストーリーで、「子どもをだしに使う」ポスターを作ることだってできる。だから、どちらの危険性が高いのかとか、どちらの方が正義なのかとか、やっぱりそれを詰めないといけないよね。そして、それをきちんと説明しないといけないよね。でも、社民党もそうだけど、「子どもをだしに使う」人って、それが不十分な場合が多いよね。