書き起こし「製造業から見た日本と世界」

 2011年12月24日 朝日新聞朝刊オピニオン面のインタビューの書き起こし。日本の将来展望を展望するうえで、とても参考になると思う。…ところで、著作権の問題とかはどうなるのかな?

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インタビュー
製造業から見た日本と世界

旭テック会長 入交昭一郎 さん
 40年生まれ。ホンダ副社長、セガ・エンタープライゼス社長などを経て、2003年に自動車などの部品メーカー旭テックの会長に就任。

 東日本大震災に続く超円高で「メード・イン・ジャパン」にはかつてない逆風が吹く。世界経済は混迷を深め、日本が果たして成長できるのか怪しくなるばかりだ。長年、日本経済のエンジンだった製造業は今後も日本を支えられるのか。元ホンダ副社長で現在は旭テック会長として45年以上、製造業の最前線に立つ入交昭一郎さんに聞いた。

利益上がらぬ国内
追い上げる新興国
先進国共通の苦境

―日本の製造業は先々、日本の経済を支えられるのでしょうか。
 「高齢化が進む日本は、市場としてどんどん縮小して、利益を上げることが非常に難しくなっています。魅力が減っている。モーターショーにも海外の自動車メーカーが来なくなってきています」
 「加えて、新興国との競争があります。旭テックは海外で鉄やアルミ製品を作っていますが、あるアルミ鋳物製品だと、原材料費を抜いたコストはタイで半分、中国で3分の1。人件費だけでなく、土地も、電力も、工場建屋、製造設備も圧倒的に安い。したがって国内で作るものについては品質で差をつけるしかないのですが、追い上げも急です。私たちも5年は追いつかれないという自信はありますが、10年となるとどうか。普通の技術で、汎用品(コモディティー)に近いものは日本では作っていけなくなるでしょう」
―独自の高い技術が必要な品を作れば大丈夫だったはずでは。
 「新興国の勢力もありますが、デジタル化の影響が大きい。おそらく2000年ごろから局面が変わっています。何かを高精度で加工する場合、昔は工作機械と腕のたつ職人が必要でした。ところが、コンピューター数値制御の工作機械が導入されると、名人でなくてもよくなる」
 「エンジンの設計で一番難しいのは、バルブを動かすためのチェーンやギア、カムシャフトなどを組み合わせたバルブトレインという部分で、昔なら10年以上の経験がある技術者にしか設計ができなかった。今は、設計ソフトを使うと大学を出たばかりの人間でも設計できる。シミュレーションして問題のある部分は赤くなるので、赤い部分が消えるまでマウスを動かしていけばいい」
―日本のノウハウが、デジタル化されて新興国に流れてしまう。
 「もちろん、鋳物のようにデジタル化しにくいものもあります。温度、湿気、砂の粘度など何百というファクターがからみあっているので数値化できない。福島県二本松市にテクノメタルという旭テックの子会社があり、鉄鋳物でも一番難しいディーゼルエンジンのシリンダーブロックをつくっています。新興国のメーカーだと加工が終わった後の不良率が10%以上もあるが、テクノメタルの製品は、0.1〜0.2%。日本製品は高いけど、加工後の不良品を捨てるコストを考えればはるかに安上がりだということで、どんどん海外からの受注が増えています」

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―しかし、全体としてみると日本のもの作りは苦境にある、と。
 「ええ。日本だけでなく、米国や欧州でも先進国の市場は自国産業にとって収益源になりにくくなっています。しかも、常に海外との競争にさらされる。だから、新興国の市場を取りに行くしかない。その意味でもTPP(環太平洋経済連携協定)への参加は当然だと思いますね」
 「さきほどから『日本の製造業』『日本のもの作り』と言っていますが、その定義を考える必要があると思うのですが・・・・・・」
―というと。
 「生産している場所が重要なのか、それをコントロールしている場所が重要なのか。1993年に欧州に行ったとき、ドイツの自動車メーカーの経営者たちは、もうドイツ国内に投資する気はない、これからは東欧だと異口同音でした。それから20年経って、フォルクスワーゲンBMWも伸び続けている。海外工場で伸びていても、やはりドイツの製造業なんです。地域の経済と企業の発展は別のものになっている」
 「海外で車を作るホンダやトヨタも『日本の製造業』ですよ。私は、21世紀の日本人は工場も働き手も海外に出て出稼ぎするべきだと言っているんです。海外で生産した製品を海外の市場で売って、その利益を日本にもってくる。国内の生産が難しくなっても、日本の製造業が世界各地に根を下ろして頑張れば、世界中から日本におカネが集まってくる。企業は、その装置になればよい。
―そのためには、日本の製造業はどう変わっていくべきですか。
 「五つの選択肢のどれかを選ばなければならないでしょう。まず、ある分野に特化して、国内で徹底的にお客さんに奉仕して今ある顧客を離さない。京都のお茶屋さんのような堅実なビジネスです。第二は、やはり国内で狭い分野に特化すると同時に高い技術力でグローバルな競争力をもつ。小金井精機という会社が典型で、F1のエンジンの特殊な部品を超高精度で仕上げる技術があるので、海外からどんどん注文がくる」
 「3番目は、一番、典型的なもの。国内に製造拠点は残しながら、培った技術を持って海外へ出てビジネスを広げていく。旭テックはこれです。第四はユニクロのように、国内はマーケティングや開発に特化し、生産はすべて海外でやる。これはこれで大変です。最後は、世界のどこにもない新しいものを作り出す。これは天才が出てこないとできない。どれもやさしいことではありませんが、どれか一つに決めないと」
―五つのどれも、国内で多くの人を雇うのは難しそうですね。
 「はい。残念ですが。旭テックも会社3600人のうち、国内は1300人ほど。毎年、約100人が定年退職し、新卒採用は20人ほど。中途でも採っています。少数でも国内で人材を確保することは必要です」
―国内でもの作りに携わる人は減るわけですね。
 「だから一人一人の質を高めないといけない。そのためには、徒弟制度でたたき上げていくしかないのですが、いまの日本の若い人は怒られたことがないし、あまり海外に行くことを好まない。一番の心配は、若い人たちのマインドですね」

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細部にこだわり
部品で稼いでいく
名を捨て実を取る

―最後に残る日本の強みがあるとすれば、何でしょうか。
 「細部にこだわり、現場ですりあわせて、ボトムアップで出来栄えのいい製品にすることです。細部を練って積み上げていく力は、これは断然、強いんです。でも、それは同時に欠点でもあって、すぐ細部に目が行くので全体を構想できない。部品点数10万点までのものを作るのは得意でも、スペースシャトルのような巨大なシステムを作るには向いていない。欧米の人間は、まずコンセプトから考えます。大枠を決め、細部に下ろしていく。アップルはその典型で、iPhoneiPadのように、まずコンセプトありきで製品を作っていく」
―欧米のほうが儲かりそう。
 「それでも細部にこだわって頑張るしかない。部品で細かく稼いでいく。航空機でいえば、ボーイングエアバスにはなれなくても、中小規模のシステムや大きなシステムの中の部品づくりなら日本は世界最強です。そこに特価する。名は取らずに実を取る。アップルを目指さないのが日本の製造業の生きる道です」

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―それさえあれば大丈夫?
 「もう一つ、心配なのがトップの決断力です。韓国は思い切った投資ができるけれど日本はなかなかできない。デジタル化が進んだ業界では、量という要素が重要になる。どこでも同じものができるから、大きな投資をして大量に安く作るところが勝つんです。ところが、日本企業は、バブル崩壊で苦しい状況を経験しすぎて、いかにリスクを減らすかが最優先課題になってしまった」
 「最近、私自身も中国やインドの人と話していると『いやいや、こういうリスクがあるから』と言ってしまう。彼らは『失敗したら、その時考えればいいじゃないか』切り返してくる。40年前に私がホンダの社内で言っていた言葉ですよ」
―リスクを毅然と取ることも日本は必要だと。
 「そう思います。73年に米国でフォードの5.7㍑V8エンジンを見た時、自分が生きている間、日本では作れないと思った。完璧でした。でも、設計は戦前でした。新しいものに挑戦するより、いかに守るか、だったのでしょう。そこから10年でホンダは追いついた。今はデジタル化で新興国が追いかけるスピードがどんどん速くなっている。ホンダが米国メーカーに追いついた頃に比べて3倍くらいになっています」
―欧州危機が続き、朝鮮半島情勢も不透明です。もっと先を見れば中国もいずれ高齢化します。いい材料は、なかなかありません。
 「私が好きな言葉があるんです。川の水は途中で渦を巻いたりして、ちょっと見ると元に戻るように見えるけれど、結局、海に流れ込むでしょう。そういう大きな流れを見ていればいいんです。ソフトバンク孫正義さんの言葉ですがね。今は苦境の国々も、これから苦境に入る国々も、人はみな豊かさや安定を求めて必ず立ち直ります。日本そうでした。そこを見失わないで仕事を続けていくことが、企業人にとって一番、大切なことだと思いますね」

(聞き手・尾沢智史、細川剛毅)

※写真の横に添えられていた言葉
 「株主ばかりを見て経営するのは間違いだと思う。企業はやはり公器ですよ」

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 これを読んで、どんなことを考えるかとかは、また次のエントリーでうまく書ければよいけどなあと思っている。